本書は、平山郁夫画伯の絵と仏教の教えを子どもたちにも親しんでほしいという思いから生まれた『平山郁夫のお釈迦さまの生涯』の続編です。『おはなし名画シリーズ』の中では読者対象年齢をやや高めに設定し、小学校高学年以上を目安としています。「平山郁夫の生い立ち」と「仏教の伝来と玄奘三蔵」の二部構成です。
(平山郁夫の生い立ち)
中学3年生のときに被爆し、後遺症や「自分だけが助かってしまった」という思いにも苦しみながらも、玄奘の跡を追うかのようにシルクロードを旅し、画家としての道を切り開いていく姿が描かれています。平山郁夫画伯は文化財の保護と平和への祈りを込めて、数々の名作を生み出し、東京藝術大学学長や日本美術院理事長なども歴任し、日本を代表する画家として広く知られています。1998年には文化勲章も受章されています。
(中身の紹介①)

1945年8月6日、広島に落とされた原子爆弾は多くの人の命を奪いました。広島にある修道中学校で寮生活を送っていた平山郁夫画伯が15才のときのことです。
中学の教職員13名、生徒188名の計201名が即死しています。沢山の偶然が重なり画伯は助かりますが被爆の後遺症を負うことになります。この時の地獄のような体験を平山郁夫画伯は34年後、「広島生変図」に描いています。広島の町全体が巨大な炎に包まれて、真っ赤に燃え上がっている様子がよく分かります。
(仏教の伝来と玄奘三蔵)
602年に中国に生まれた玄奘三蔵の求道の旅を辿ります。「本当の教えを知るには仏陀が生まれ育ち、教えを説いたインドに赴くしかない」と考えた玄奘は26才のときに、たった一人でインドに向かいます。17年間にわたる過酷な旅の記録『大唐西域記』には熱風が吹き荒ぶ砂漠、天を衝く氷の山、猛獣や毒蛇、盗賊の住む密林、雪山の洞窟に住む人々などが書かれています。この壮大な求道の旅は、やがて『西遊記』として物語化され、更には『ドラゴンボール』へとつながります。
(中身の紹介②)

インドに着いた玄奘は仏陀が龍を取り押さえたという岩窟に行き、一心に祈りました。
すると真っ暗な壁に丸い光が現れ、それが仏陀の姿になったと言います。
その様子を描いたのが平山郁夫の「出現」です。
中学時代に被爆を体験し、絶望の底から救いを求め、玄奘への思いをこめて描いた「仏教伝来」「天山南路」その他奈良・薬師寺の壁画も含め38点の絵画で、平山郁夫の歩んだ道と玄奘三蔵の求道の旅を辿っています。平山画伯のまなざしを通して、玄奘の旅と仏教の教えにふれてみてください。
(普及版)
判型をB4変形からB5変形と小さくした、お求めやすい価格(2,000円+税)の普及版もありますのでご検討ください。
内容は同じです。本格的な画集をご希望の場合は本書をお薦めします。
