夜のカフェテラス ― 闇を照らす希望
(ゴッホの『夜のカフェテラス』からヒントを得たファンタジーです。)

アルルの夜は、冷たく澄んでいた。
カフェのテラスだけが、不自然なほど明るく輝いている。
灯りの下で、右耳に包帯を巻いた男がキャンバスに向かっていた。
もう何時間も、黙々と描き続けている。
閉店の準備をしながら、給仕の娘が声をかけた。
「何を描いているのですか?」
男はしばらく筆を止めずに、静かに答えた。
「闇の中の希望を描いている。」
娘は思わず笑いそうになった。
「希望、ですか?」
男は独り言のようにつぶやく。
「闇が深ければ深いほど、光は輝く。」
カップの中のコーヒーは、もう冷めていた。
娘は言葉を飲み込み、静かにランプを消した。
翌朝、娘が店に来ると、テラスには絵だけが残されていた。
男がまた来るような気がして、絵には触らずに置いておいた。
⭐ ⭐ ⭐
数日が過ぎたその夜も、カフェの灯りは変わらず輝いていた。
店内の一角で、観光客と思しき男女が絵を覗き込みながら囁いている。
「この絵、彼の最後の作品だそうだよ。」
⭐ ⭐ ⭐
今でも娘はふと男の姿を思い出す。
交わされることのなかった言葉を胸に、絵を見つめる。
そこに描かれた光は、今も闇の中で優しく輝いている。
完
※この小説は「おはなし名画」公式インスタグラムアカウントに投稿したものです。

